四日市ぜんそく
四日市ぜんそく(よっかいち-)は、三重県四日市市で1960年から1972年にかけて発生した大気汚染による集団喘息障害である。四大公害病の一つ。
四日市市で四日市第1コンビナートが操業を始めた事により排出された硫黄酸化物 (SOx) や窒素酸化物 (NOx) などによる大気汚染。
息苦しくて、喉が痛み、激しい喘息の発作が起こる。症状がひどいと呼吸困難から死に至る。
1960年に海沿いに石油コンビナートが建設されたことが発端となる。煙突から煙を吐き、昼夜を問わず光とともに稼動する大工場は当初は街の誇りであった。このことはコンビナートのすぐ近くにあった塩浜小学校の校歌にも「科学の誇る工場」と歌われていたことからわかる。この校歌は保護者の抗議を受けて変えられた。塩浜地区の塩浜小学校と三浜小学校では健康作りのためうがいと乾布摩擦を取り入れて、四日市市は公害対策として教室の空気洗浄機を設置した。社会科の教科書でも掲載されている活性炭入りのマスクで塩浜地区の小学生が通学した。塩浜小学校と三浜小学校の児童は体力測定で四日市市内の中で下位であった。
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しかし工場が稼働を開始してからほどなくして街の空は曇り始め同時にぜんそく患者が急増した。この当時は公害への認識がなかったうえに、経済の発展を優先していたため行政も企業に加担していたことが多かった。そのため、対策が施されることもなく、汚染物質がそのまま排出されていた。街には悪臭が広がり、海では汚染された魚が獲れるようになった。工場に最寄りの塩浜地区ではばい煙、騒音などの問題を市に訴え、対策委員会が発足するもコンビナートは規模を大きくする一方だった。それにより住民の生活環境はさらに悪化し、女子中学生の喘息による病死や喘息を苦にする自殺など、ついに公害での死者も出た。これらの死亡記事が四日市市民の怒りになり訴訟のきっかけとなる。塩浜地区では公害による生活環境悪化から逃れるためある一部の町の住民が四日市西部の鈴鹿山脈側に引っ越してゴーストタウンの様に消滅した町もあった。